鳥獣人間者 表現者求む







「なぞること」「迎合すること」より、「剥がすこと」「自立すること」を、下手くそでも経験がなくてもテクニックより感性を、他主的であるよりも自主的である(主体を他者でなく自分に置く)ことを、大切にしてもらっています。


作品をお客様に迎合させてゆくことは考えていません。

海外で上映されることが多くなる傾向にあります。


作風やコンセプトなど、鳥獣人間舎ホームページにてご確認ください。

https://chojuningen.tumblr.com



作品の構想は他にもいろいろありますが、一部こちらで紹介します。 できるだけ、継続して参加いただける方だとありがたいです。

「埋葬奇譚」(短編映画:約30分)

https://maisou.tumblr.com


あらすじ

言葉の届かない静かな森、過去の収まった棺桶を引きずる一人の男。棺桶に引き寄せられる森人たち、そして男の脳裏を巡る記憶が森に溶け出す。男は静かに過去を埋葬し山を下りる。森人の一人が棺桶を掘り出すと、その視界から他の森人たちが消え去る。


制作意図

「監獄や精神病院がある以上、誰かがそこにはいっていなければならない」とチェーホフは言った。理性にどんより覆われた空の下で私たちは生きている。世界はもともと、広大な大地、残酷な海、無情の風しかなかったはずではないか。ひょっとしたら夢を見るのは人間だけなのかもしれない。


急募!

・虐待を受ける子供:小学生くらいまで


撮影時期:進行中(出演者が見つかり次第再開)

撮影場所:北鎌倉、品川



「境界線」(短編映画:約20分)

https://kyoukaifilm.tumblr.com


あらすじ

アノニマスという名の男は、人と人との間にひたすら境界線を引く。

切符きり、落葉拾い、名刺配りなど、役割を与えられた人々はただその仕事を毎日繰り返す。

ある日、アノニマスという名の男が奇妙な笛を吹くと、その笛の音が町中に響き渡る。聞いたことのない音を耳にした人々はたちまちパニックに陥り、仕事を放り出して「自分だけ」という名の個室に閉じこもる。人のいなくなった町には、亡霊たちが次々と現れて踊り出す。


制作意図

創作は生活の延長線上にあるものだった。ところが、「与えられた幸せ」を繰り返してきた私たちは、生活の原動力をひたすら削がれてきたように思う。神話も昔話も、思想も哲学も、詩も芸術も、すっかり除菌されてしまったここ数十年は「文芸の空白時代」などと未来の教科書などに書かれるのではないだろうか。この作品を文芸復古の流れを象徴するようなものとしたい。


募集

・20代以上の男性(数名):いろいろあります。他の作品でも継続して参加していただける方だとありがたいです。


撮影時期:進行中(出演者が見つかり次第再開)

撮影場所:北鎌倉、野毛


撮影地・エキストラも募集してます。

https://kyoukaifilm.tumblr.com/bosyu



「砂の教室」(短編映画:約30分)


作品概要

1つ1つのイメージが、花の細胞、チョークの粉となり、風に吹かれ、浜辺の砂に帰する、その過程で、時間軸が喪失されていく。二人の女性の対話をベースに進行する、イメージのコラージュ。


制作概要

束縛と自由というものは互いになくてはならない。それは、花が咲くための悲しみであったり、蝉が成虫になるための殻のようなのものであり、また、鳥が飛ぶのには抗力が必要である。幻想が瓦解されゆく女性の脆さ、そして反対物によって個人が確立されていく過程を描く。


撮影時期:配役が決まり次第

撮影場所:千葉、埼玉、神奈川


募集

・少女(神秘的な女性、中高校生くらいに見える人)

・年頃の女性(奔放な女性、20代くらいまで)

・整体師(二面性を持つ男性、30代〜男性)



「密室」(映像劇:約10分)

さまざまなイベントにて定期的に公演します。


作品概要

押入の中でスマホをいじる中年の男が、さまざまなきっかけで仮面をつけかえてゆく。娘からの電話で優しいパパを演じ、会社からの電話で厳格な課長を演じる、そしてトイレのドアがノックされれば、弱腰のおじさんを演じる。この中年男が素でいられる場所は押入の中で興じる出逢い系サイトだった。


制作概要

消費者、法人、世帯主、父、部長・・・私たちは様々な呼び方をされ、境界線が引かれる。

労働法、キャッシュ&フロー、動物愛護、男女平等……、理性によってがんじがらめにされた私たちは、外面的に様々な役割を強いられ、個人の内部は密室化されてしまった。

スマホの外に出たら、劇の役割が待っている。劇の外に出たら、社会の役割が待っている。人はどこまでも、演じ続けなければならない。箱の中にはまた箱がある。個人の内部にまで刻み込まれた境界線に焦点をあてる。


募集

・マジシャン:男性(20代以上、ちょい役です)



「投影」(映像劇:約10分)

さまざまなイベントにて定期的に公演します。


制作概要

飼育される金魚にとっては、水槽の中が世界の全てである。巨大な人間の存在は金魚の目には映らず、与えられるエサは自然現象として認識されるのだろう。私たちの目に映るものはどこからやってくるのだろうか。


募集

・中年の男(30代以上)



「溝口」(映像劇:約15分)

さまざまなイベントにて定期的に公演します。


制作概要

昨今の疫病流行により、「与えられた幸せ」は壊れつつある。他人との間に深く刻まれた境界線を修復することは容易なことではないだろう。お客様化された人々は自分で判断することを怖れ、責任を転嫁できないことでパニックを起こす。人々はすぐにキレ、疑心暗鬼となり、憎悪を膨らませ、やがて一過性の動乱へと向かうだろう。

世の中において報いのないものはない、与えられた禍を先送りすることで足枷の重量は増してゆく。行き過ぎた個人主義という名の「自分だけ主義」の成れの果てを描く。



「ひかりごけ」(演劇:約60分)

野外公演となります。


募集

人間であれば老若男女問わず。

制作概要および制作方針をよく理解していただき、参加希望者を脚本に落とし込んでいきます。

詳細は面談にて。


制作概要

「ひかりごけ〜武田泰淳の意志」(「鳥獣人間」第四号より)参考のこと

詳細は面談にて。


(以下一部抜粋)

 かつて人間は天地の下に建物を建てたが、現代では建物の中に天地が製造される。

 そして、人間らしさ、俗にいうヒューマニズムというものは、時代を追うごとにその絶対性が揺るぎないものになってきているように思う。それは人間中心主義と言い換えることができるだろう。

 例えば、テレビや新聞で「世界中でウイルスが猛威を振るっている様子」を速報する代わりに、「地球上で人間が猛威を振るっている様子」を伝えたらどうなるかを想像してもらえたら良いかと思う。仮にどこかの大学教授が「地球が免疫力を発揮して人間を除菌している」という主旨の理論を発表したらマスコミや学会はどのような反応を示すだろうか。


・・・


 光がなければ闇は見えないし、闇がなければ光は見えない。また、悪がなければ善は存在し得ないように、狂気がなければ理性は存在し得ない。それはおそらく科学の諸法則にも通ずることで、プラスとマイナスが互いに作用・反作用しあって差引きゼロの状態になろうとする力、つまりその振り幅を埋め合わせる力が働くことと同じことだろう。私たち人間も例外ではなくそうした巨大な振り子の力によって翻弄される定めにある。

 戦前と戦後の価値観が百八十度一変したようにその振れ幅は「否定」によってもたらされた。だが、この作品では「受容」することの意味を説いてる。つまり、反射して「光りを外にまき散らす」のではなく、受け容れて「光りしずまる」つまり「我慢する」というひかりごけの描写に繋がっているのであり、またその陰翳というものこそ本来日本人の中にある美徳ではなかっただろうか。

 それは、どんな角度から眺められても耐えうる、すべての色を備えた「黒い球」、つまり苔として象徴される。


・・・


 「食する」という行為によって「空腹が満たされる」という状態が生まれる。それは、どのような環境においても、誰しもが避けて通れない生命の営みである。しかし、そこには必ず残酷さが孕まれている。なぜなら、「食する」という行為は、自分以外の生命をいただくということだからである。

 だが、戦後の時代となりそれは目を覆うべきタブーとされた。

 屠殺場は地下に追いやられ、屠殺の現場は今日ではほとんど一般には公開されない。そして、人間が食欲を満たすために、人目の憚られる地下の屠殺場で動物たちが断末魔の叫び声をあげる。もしその屠殺現場が現代社会の表層に現れたら、人々は強烈な拒絶反応を示すだろう。なぜなら、そうした現実から目を逸らすことで人間感情が蓄積されてきたからである。

 ブランドのお肉、産地直送、地球環境に優しい、愛情たっぷり……

 「現実」はこうした「言葉」によって置換され、それが事実として社会に君臨し、「かわいそう」といったような人間感情に覆われた自己中心の価値観の中に閉塞していく。

 そして、こうしたヒューマニズムというものに問いを投げかけることこそ、この作品の主題なのである。


・・・


人間は自らが生き残るために行ってきた「現実」から目を背けてきた。それゆえ私たちは、自己の行為に対する弁明に迫られるのであるが、それは、他者への「転嫁」という強烈な拒絶反応によって現れる。この作品では、戦時中に人肉を食した難破船の船長が裁判で裁かれるという実話を元にした戯曲が展開され、「現実」が表層に現れた際の人々の拒絶反応を通してヒューマニズムの本質が描かれる。


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