「性的人間」について
男という生きもの、彼らの持つ生命、その欲求。 犯すこと、犯すこと、犯すこと。 つまり、諸悪の根源。 絞り取られた生命の後に、残される虚無(母性)を満たすのは、罪の意識。 男と女は、交われど、共には歩めないということ。 それでも、生きながらえてしまう男という生きもの。...


「山のカフェ処」
北鎌倉でやってます。 自分の楽しみなので、お代は要りません。 メニュー ・コーヒー ・気まぐれで何か お越しの際は、ご一報ください。 hidenobu.oishi@gmail.com


みんなと一緒
正解を権威に求めてしまうのはなぜだろう。 答えはいつも自分の中にあるし、必要なものだけが目の前に現れるようになっているはずなのに。 平等という暴力、男も女もみんな一緒でなければならない。 日本人の甘えや依存の構造はどこから来きたのか。...


「水の葬列」について
目の前に映る情景は全て水鏡、ただの因果でしかない。 奇跡は起こらないし、風も吹かない、不条理さもそのまま、運命を淡々と受け容れる様が美しい。 受容すれば、好循環となり。否定すれば、悪循環となる。 結局、目の前に映る全ての情景は、自分だけの映画なんだと思う。 ...


「ドグラマグラ」について
射精時の狂気。 星、虫、全ての生命に全てが存在し、空白の解釈を与えられているにすぎないのだと思う。精神病も、夢も、ほんとは全部一緒なのに。重なる符号も閃きも、恣意的であれども。 人間が動物園の熊にダイブすれば、きっとそこに人間の解釈(過去への免罪符とか)が与えられるはず。水...


「化け物遊園」
剥がれた化けの皮の下には何があるのでしょうか? 展示、空間芸術、美術、歌、おどり、詩、朗読、映像表現などなど、参加者ひとりひとりが作品を持ち寄ります。 お食事や珈琲やお茶、またはワインやお酒を飲みながらでも自由に参加してください。...